大野優凛子エッセイ
「頑張らないで」


 仕事柄、20代から30代の働く女性の悩みに触れる機会が多い。 働く女性の悩みといえば、先ずは職場での人間関係である。職場での人間関係の構築は難しい。 価値観が違い、理解できないからといって、友人のように関係をなくしてしまうわけにはいかない。 仕事の愚痴を聞かされるばかりでウンザリする。 上司の悪口に同調しないと機嫌が悪い。プライバシーを詮索される。 セクハラまがいの言動がある。 仕事をこなしても認めてもらえない・・・強引に一言で括ってしまえば、「あの人とは合わない」という悩みである。合わないなら放っておけばいいものだが、相手を嫌う感情が伝わると、電話を取り次いでもらえなかったり、仕事の指示を与えられなくなったりする。 「こんな人と一緒に働きたくない」「でも、やらなければならない」という相反する思いにとらわれ、バランスを失った心は収拾がつかなくなる。

 仕事内容に意義が見いだせず、毎日同じような仕事の繰り返しに疑問を感じながら、何年経っても男性社員の補佐的な仕事しかしていない女性もいる。 充実感が得られない。自分の能力が活かせていないかもしれない。本当に、この仕事を続けていていいのだろうか。

 今の女性は、職場を結婚までの腰掛などとは思っていない。 働くことは恋愛や結婚とは別な大きなものと捉え、やり甲斐を求める。 職場の中に、自分の存在価値を見つけたい。だが、現実は厳しい。「このままではいけない」「でも、どうすればいいかわからない」・・・葛藤を抱えながら、解決の糸口を見つけられず、堂々めぐりの一日が過ぎていく。

 身体と同じように心も疲れる。休ませたり、栄養を与えなければ、知らないうちに疲れがたまる。明るく積極的に物事に取り組み、元気といわれる女性たちこそ、実は疲れきっている。

 そんな彼女たちと話すとき、私は「頑張って」と言わないことを自分に課している。 口にしやすい言葉であるが、疲れた心に、これほど空疎に聞こえる言葉もない。 頑張らなければならないのは、彼女たちがいちばんわかっている。 わかっているから頑張っている。 それでも抱え切れずに、誰かに吐き出したくなるときがある。 そんな彼女たちには、「頑張って」と背中をたたくより、「頑張らなくてもいいよ」と、優しく撫ぜてあげたほうがいい。

 そして、実はこの思いは、働く女性だけに限らない。毎日繰り返される家事に、ときに疑問を抱き、ときに空しさを感じながらも、笑顔で乗りきろうとしている主婦たち。 働く女性が、懸命に仕事をこなしても上司に認められずに嘆くように、家の中をピカピカに磨きあげ、旬の素材で美味しい料理を作っても、家族から「ありがとう」の一言もない。 「私はいったい、何をしているのだろう」「このままでは、社会から取り残されてしまう」「どうすればいいのだろう」焦りや空しさが彼女たちを襲う。 家族のために働き、疲れ果てて帰る夫に、頼りたいし甘えたい。 が、心配をかけてはいけないと抑えてしまう。 思い切って吐き出そうとすれば、夫とタイミングが合わない。 どこにも持って行き場のない思いを抱えて、それでも頑張りつづけている主婦たち。

 心の疲れは、誰にも見えない。本人にでさえ、わからないときもある。 だから、休日には自然に抱かれよう。 緑濃い山々を仰ぎ、薫る風を首筋に感じ、宝石のようにキラキラと光る海を見つめてほしい。 疲れた瞳のフィルターが替わり、新しい景色が見えてくる。

 視点が変われば発想も変わる。幸いに、私たちの住む愛媛は、海も山も優しい。


(愛媛新聞2001.5.25掲載分に、加筆修正)